Lesson 5
実はスェーデンでも身体拘束はあります。そして身体拘束についての研究から興味深いことが示唆されています。


スェーデンでも車いすベルトなどによる身体拘束が行われている
◆ Stig Karlssonの研究より一部紹介(1998年10月実施。2つの地方自治体のナーシングホーム10ヶ所と痴呆性高齢者グループリビングユニット12ヶ所に居住する540人の利用者、529人の看護・介護スタッフを調査。)
◆ 利用者540人中113人(21%)が身体拘束。
◆ 行われている身体拘束の内容は、「ベルトの使用」62%、「テーブルの使用」35%。身体拘束をする理由として挙げられたのは、転倒防止のため(44%)、姿勢維持を助けるため(29%)。

 スェーデンで身体拘束について継続的に研究を行っているStig Karlssonの研究の一部を紹介します。「1998年10月の調査6)では、2つの地方自治体のナーシングホーム10ヶ所と痴呆性高齢者グループリビングユニット12ヶ所に居住する540人の利用者、529人の看護・介護スタッフを調査すると、540人の利用者中113人(21%)が身体拘束をされていた。どんな身体拘束が行われているのか、拘束の内容は、「ベルトの使用」62%、「テーブルの使用」35%であった。なぜ身体拘束をするのか、その理由を尋ねると、理由としてあげられたのは、転倒防止のため(44%)、姿勢維持を助けるため(29%)であった。次に施設を「身体拘束ゼロの施設群」、「身体拘束が少ないが行われている施設群」、「身体拘束率の高い施設群」に分類し、これら3つの施設群を識別する変数として何があるのかを研究すると、「歩行移動の困難さ」「行動の兆候」「看護・介護スタッフの身体拘束を行うことに対する態度」の3変数が示された。身体拘束が行われるかどうかは、本人の機能レベルとスタッフの身体拘束を行うことへの態度によって強く影響を受けるという研究結果である。」
注)テーブルgeri-tableとはどんなものか?という私の質問に対して、Stigは次のように解説し、絵を送ってくれました。参照してください。When I write geri-table I mean geriatric chairs with fixed tray table, which the patient is unable to remove. I attach a picture to illustrate what I mean with geri-table.

どんな人が身体拘束されやすいのか。
 高齢者介護の領域においてどんな人が身体拘束されているかを見ると、その多くは痴呆の人です。「何がおこっているのか、どこにいるのか、なんでこうなっているのか」わからくなって不安と緊張にいる痴呆症の人に対して、介護職がどうすれば縛らないで介護できるかを対応せずに、縛ることでその場を乗り切ろうとするのです。身体拘束は、痴呆介護の問題でもあります。
 「身体拘束されやすい本人側の要因として、「高年齢」、「認知障害」―特に重度の認知障害があると継続的に拘束されやすく、「徘徊」や「暴力」などの問題行動、「ADLが低下していて介護を要する」、「歩くのが困難」、「尿失禁や便失禁」、「転倒の既往歴」、などが指摘されている。」(Stig Karlsson: Physical Restraint Use in the Care of Elderly Patients. Umea University Medical Dissertation, No,613,1999.より筆者要約)
 日本における研究でも、「精神科老人病棟においてどのような患者が拘束されやすいかを調べると、「歩行能力の低い」ことが、「暴力・暴言のあること」「夜間せん妄があること」「転倒既往があること」に関連し、この3要因が「拘束」に直接関連する要因となっていた」という研究結果が示されています。(斉藤真弓他「精神科老人専門病棟における身体拘束の決定要因に関する検討」老年精神医学雑誌、Vol.12,No.9,pp1057-1062,2001年より筆者要約)

スェーデンの身体拘束研究が示唆すること
 2002年9月、筆者はスェーデンへ飛んでStigに会い、いっしょに施設を回っていろいろと話を聞きました。彼は身体拘束をテーマとして研究を続け、博士号を取得しています。
 残念なことに、身体拘束は国を超えてケア現場に共通してあるのです。座らせておく、本人の安全のため、ということが共通して行われている実態があります。スェーデンで拘束する道具として使われるのは、車いすベルトと、テーブルです。施設を訪問したときにそこにあったテーブルを使って拘束を体験したのですが、椅子のアームレストのところにカチッとはめ込むと、力では外れないのです。はずれる構造を知っている人しかはずせないのです。「なぜ縛るのか」という問いに対する答えも、転倒防止のため、姿勢維持を助けるため、と日本と同じ理由です。
 しかし、それにしても、スェーデンの施設でも身体拘束は禁止されているのに、それでも施設入居者の21%が身体拘束されているというデータに驚きます。スェーデンでは利用者対介護者の比率は日本より高くスタッフ数がいるはずですし、貸与されるモジュール車いすはその人に合わせたサイズで座位保持もしっかりできるはずなのに、それでもなぜスェーデンでベルトによる身体拘束があるのか?単に、禁止令や人員配置や福祉用具だけでは解決できない根深い課題があることを改めてつきつけられた思いがします。
 グループリビングユニットでも、縛るところもあれば縛らないところもあるのです。国が禁止しているからやりません、ということでもない。同じような条件下におかれていても、拘束するか、しないか、その施設によって違うことをStigの研究が示しています。スェーデンにも「身体拘束ゼロの施設群」、「身体拘束が少ないが行われている施設群」、「身体拘束率の高い施設群」があり、その違いを生むのは、縛るか、縛らないか、それを決めているのは、本人の機能レベルだけではなく、介護職だということです。国が禁止規定を作って、上から"縛ってはいけません"と言うだけでは拘束はなくなりません。内から、中から、変わらなければ、介護職が知識と技術を持たって縛らないという態度で接しなければ、身体拘束はなくならないということをStigの研究が示しているのだと考察することができます。私たち介護職が問われているのです。とても興味深い研究です。

 スェーデンでStigに会ったとき、彼は身体拘束の象徴を1枚の絵に描いて見せてくれました。それは、綱渡りをするスタッフの姿です。サーカスの綱渡りのように、1本の綱の上を看護職・介護職が渡っているのです。綱渡りをするスタッフの絵は、「身体拘束はケア・スタッフにとってジレンマとなっている。自分で意思をはっきりと示せない痴呆性高齢者などに代わって、何をどうしてあげたらベストなのかを考えながら綱渡りをしているようなものだ。縛って骨折させないようにすることを第一番に考えるべきか、縛らないで自由に歩けるけど骨折するリスクは避けられなくてもよいのか、本人に代わって考え、ケアを行うのはつらいことだ。」という意味だと説明してくれました。
 Lesson2 に示した研究もStigが行った研究です。ある事例について「縛る」と答えたスタッフが、状況や条件を変えたら「縛らない」と行動を変えるのです。縛るか縛らないかをスタッフが決め、ジレンマになっていることがよく示されている研究です。ジレンマはつらいものです。身体拘束が介護職にとって否定的な思いに駆られる場面であり、心理的ストレスになっているとしたら、そんな職場から逃げたいと思うでしょう。施設長は、介護職にとっても身体拘束はつらく、嫌な場面になっていることを認識し、スタッフが元気に働き続けるために拘束にとりくまなければなりません。
 先の研究で、縛ると答えた人が「十分スタッフがいる日中なら縛らない」と言っています。この状況は日本の介護職でも同じ答えでしょう。スタッフがあまりにも不足している日本の現状で身体拘束にとりくみなさいということはスタッフにとって過酷なことかもしれません。人員配置基準が2:1に近づくことが最低条件だと考えます。でも、だからといって、今、十分スタッフがいないから、身体拘束には何もとりくめないというのは逃げです。なぜ身体拘束が行われるのか10項目を整理しました。なぜ身体拘束が行われるのか、それを裏返せば身体拘束をやめることにつながります。

<なぜ身体拘束が行われるのか>
1.縛ることに対する意識が低い、何が身体拘束になるのかを知らない。
2.身体拘束禁止規定があるのに、職員一人一人、市民一人一人に知れ渡っていない。
3.身体拘束は必要なこともある、本人の安全を守ると誤って信じられている。
4.車いすベルトは役立つ、立ち上がりの危険防止や姿勢のくずれを防ぐのに役立っていると誤解している。
5.介護職の知識や技術不足―転倒の危険防止・ベッドからの転落防止・徘徊・混乱・暴力・おむついじり等に対して「縛る」こと以外の介護方法を知らない。
6.体に合わず座位保持できない車いす、鍵つき衣類など、解決すべき福祉用具の問題。
7.介護職が業務分担で仕事をこなすことに追われ、尊厳ある個別介護には程遠い。
8.長時間すわらせっぱなしの介護、ほったらかしの介護が行われている実情。
9.施設長やリーダーが損害賠償責任を恐れ、あるべき介護を描こうとしない。
10.人手がないから、組織全体が動かないから、家族が望むから、いろいろ理屈づけして一歩を踏み出そうとしない。