デンマークの24時間ホームケア概論
東洋大学 渡辺裕美  
  1.ケア理念
デンマークのケアの理念は「Primary Health Care」(World Health Organizationが提唱した”Health for all 2000年までにすべての人々に健康を”)と、「Self Care」を大きな柱としている。ケアの段階を、1必要なことを代わって行う全介助タイプ、2必要に応じた部分介助タイプ、3助言や指示・教育で支援するタイプ、でとらえている。また、“予防”もまたデンマークのケア方針となっていることを忘れてはならない。ケアを必要とする人々だけに対するサービスを充実するのではなく、高齢者の良好な健康状態を維持・促進し、可能な限りケアを必要とする状況を遅らせ、予防を重要視する方針がとられている。
  2.ホームケアの全体像
ホームケアの全体像
  3.24時間ホームケア制度がかたちづくられるまで 制度の変遷
  • 高齢者は病院へ
    デンマークの60歳以上の高齢者数は、1960年から1980年の20年間に70万人から99万人に急増した。当時、ホームヘルプサービスが不十分なために慢性疾患をもち身のまわりのことが自分でできない要介護高齢者の多くは病院に入院していた。  1973年訪問看護制度法(Hjemmesygeplejerskesordninger)。1974年ソーシャルビスタント法 (Socialbistandslovn)でコミューンはホームケアシステムをつくり、一次的であれ継続的であれニーズのある市民には、パーソナルケアと家事援助をホームヘルパーによって提供しなければならないと規定された。

  • 夜間ケアの検討
    1970年代になると社会的入院によるコスト増が問題になった。当時、多くのコミューンのホームヘルプは午後7時で終わり夜間ケアが必要な市民は入院するしかなかったのである。入院や入所ケアを受けている人を地域へ返すための体制づくりが課題となった。なぜ入院するのか、夜間に起こりうるニーズとは何か、誰がどう援助することが必要か、どのようなケアサービスシステムがあれば入院を避け在宅ケアが継続できるのか、が検討された。その結果、夜間ケアのシステムづくりのためには昼間のケア体制を充実させること、柔軟に即応できることが大切なこと、夜間ニーズの中には医師でなくても対応できるケアがかなりあること、が提示された。病気や障害があっても自宅で暮らしたいという人々を支えるために、24時間ケア体制が必然となってきた。
     1979年から1982年、国に高齢者委員会が設置され報告書が広く読まれた。スローガン“住み慣れた家に可能な限りいられるように”をもとに各コミューンは制度つくりに取り組みはじめた。

  • 24時間ホームケアケアのはじまり
    1978年いくつかのコミューンが夜間ケアを含めた24時間ホームケアをはじめた。コミューンによって取り組み方は異なるが、Viborgコミューンをはじめとして24時間ホームケアが試行されはじめた。結果、病院への社会的入院が激減し、プライエムへの入所が減った。コミューンは24時間ケアに積極的にとりくみはじめ1992年11月には261コミューン(275コミューン中)が制度を開始した。
    1982年デンマーク看護協会とコミューン組織と雇用協定が結ばれ24時間ホームケアを開始するコミューンが急増した。この協定は1972年にはじまったが1982年の協定結実まで10年かかった。その理由は看護協会が夜勤看護婦の労働条件や昼間の看護婦よりも高い賃金設定を要求したことにある。
  •   4.ケア従事者の意識を変え専門職養成開始
  • 施設ハードも介護職の意識ソフトを変える
    在宅ケアを施設ケア並に引き上げることにエネルギーがそそがる一方で施設ケアの弊害が指摘された。それは「メイド-サーバント症候群Maid-Servant Syndrome」と名づけられた。施設ケアスタッフは世話することを仕事と思い、何から何まで手を出した。施設入居者もケアしてもらうことを期待して受動的だった。
    これはプライエム(特別養護老人ホーム)の何もかもが標準化されていることに一因があるといわれた。建物の構造、生活環境、ユニフォーム姿のスタッフ、決まりきった時間の生活リズムとスケジュール、それらの中で入居者はフォーマル・インフォーマルなルールにしばられ、受動的になり自己決定することなく、自分の服を選んで着たり身の回りを整えることへも興味を失うことが多かった。
    施設ケアの弊害を解決するために、まず施設の居住空間が改善された。集中したケアが受けられる個人の居室というカラーをもてるように部屋を広げ、バス・トイレを各部屋につけた。プライエムではなくケア付き住宅を施設周辺に併設した。そしてそれまで施設に支払われていた年金が本人に支払われるようになった。これまでプライエム居住者の費用は年金が施設に支払われ本人にはおこずかいが渡されていた。小遣いの額は1994年は60歳未満で884クローネ、60歳以上で737クローネであった。それが1995年から居住者本人に年金が支払われ、そこから自分で使いたいサービス分だけを支払うようになった。表に示したように食費・掃除・洗濯など細分化された料金表をそれぞれのプライエムが示し、利用者各自が支払うことになっている。現実には、お金の管理は娘などが行なっていることもある。これによって小遣いをもらうだけだった状況から自分のお金で自分の必要なものをまかなうという経済的な自立ができるようになった。バスツァーへ行ったり美容院へ行くのも自分で考え選択するようになったのである。スタッフはケアすることではなく、能力を引き出してセルフケア領域をひろげることを業務として重視するようになった。

  • 新しい専門職の養成
    より質の高いケアを提供するためにはより教育を受けたスタッフが必要性が明らかになった。1991年から新しい教育制度での養成が始められた。レベルⅠと呼ばれる1年間の新しい資格「Social-og-sunheds-hjaelperソーシャルソンヒヘルパー」は介護と家事援助を中心業務とする職種でコミューンでホームヘルパーと同様の仕事をする。レベルⅡの資格「Social-og-sunheds-assistentソーシャルソンヒアシスタント」は、医療ニーズの高い人へも対応できるヘルパーである。レベルⅡは看護婦ではない。が、看護婦の管理下で、例えばルテーンワークになっている与薬やカテーテルの交換や鼻カテーテルからの栄養補給を行なうこともできる。ただし、看護婦に指示されたこと以外はやってはいけないし、し仕事がどうなっているかを報告する義務がある。
  •   5.さらに新しい24時間ホームケア体制へ
  • インテグレート・ケアシステムの提案
    「施設入所することなく人々の自己決定や身体的能力を維持・促進するためにはどうしたらよいか」という課題に対して実践研究が行なわれた。それまでに提供されていたさまざまなサービスの見直しが行われた。訪問看護、福祉制度、ホームヘルプ、食事サービス、デイケアなどの一つ一つのサービスのあり方を問い、それと共に、施設の中で行われがちであった自主性を阻み決まりきった時間で生活を管理しがちであった施設ケアから抜けるためにはどうしたらよいか、また家族ケアに依存することなく誰もが住み慣れた家で十分な社会的ケアで支えられるためにはどうあればよいか、市民のセルフケアを推進するためにはどうすればよいか、しかも高品質のケアを低コスト出運用するシステムでなければならない、この実践研究は1984年Skaevingeコミューンでとりくまれ、「インテグレート・ケアシステム」というケアシステムを編み出した。研究結果はLisWagnerの著書に詳しく記されている。

  • インテグレート・ケアシステムとは何か
    英語で表現すると「Integrated health care systems with close cooperation between home care and nursing homes」と書ける。伝統的ケアシステムでは施設は施設職員を抱え施設入居者をケアし、ホームケア部門はホームヘルパーを雇い自宅に住む市民だけをケアしてきた。その縦割り組織でそれぞれが抱えていたスタッフと予算配分を再編成し、地区ごとに分権化した統合組織でケアを行おうというのがインテグレート・ケアシステムである。インテグレート・ケアシステムは、ケア・サービスの利用者のニーズアセスメントを行い総合的にサービス全体を調整することと、社会資源の効率的運営と公正な分配、の双方をうまくかみあわせるところから始まった。
    可能な限り自分の家に住み続けたい。自宅でも特別養護老人ホームと同じケアサービスを受けたいという願いをかなえる。家か施設か、どこに居住しているかによって左右されてきたるケアサービスを別々に切り離し、どこに住んでも利用できるケアサービスは同じであるべきだというものである。プライエムと呼ばれる特別養護老人ホームや高齢者住宅や自宅、どこに住む市民へ対しても同じケアサービスを同じサービスレベルで利用できるようにすること、これが統合ケアのめざすところである。

  • インテグレート・ケアシステムの組織と職員の動き
     伝統的組織では各入所施設や24時間ホームケア部門、PT・OT部門というように各部門でスタッフと予算をもちそれぞれの管理組織の下で縦割りに組織されてきた。各部門ごとに職員の勤務ローテーションが組まれてきた。それをインテグレート・ケアシステムでは、高齢者ケアのすべての業務を地区割りし、分権化された地域内でケアが行なえるように横の組織を再統合する。
     インテグレート・ケアシステムでは各地区に拠点になるセンターをおく。そこは施設ケアを提供するプライエム(特別養護老人ホームのような)もあればケア付き住宅も、ショートステイのための部屋もある。同時にデイセンター機能も併せ持つ。リハビリも行なわれるしアクティビティもカフェテリアもある。センターはOT.PT.ホームヘルパー・ホームナース等、ケアスタッフの拠点でもある。
    ケアスタッフは施設内の利用者も在宅の利用者宅の訪問も受け持つ。ある時間には中で施設ケアを行い、ある時間には自転車で外にでかける、施設内と施設外(地域)の区分がないのである。例えばこれまで地域で緊急通報コールがあっても施設スタッフがかけつけることはなかった。施設利用者は施設スタッフがケアし、地域利用者はホームケア部門のスタッフがケアしていた。その区分がなくなった。スタッフは施設であろうと、ケア付き住宅にいる人であろうと、自分の家にいる人であろうと、どこにいる人であろうと、分権化された地域内の人すべてをケアするのである。

  • インテグレート・ケアシステムによって解決された問題
     そのままでも機能しているものをあえて統合組織へ再編成する理由は何か。それまでは居住場所によってケアサービスの量と質が規定されという問題があった。言い換えれば施設入居しているか在宅かによって担当するスタッフが異なっていたし、在宅では利用できるサービスも提供されるケアの量にも限界があった。ニーズにみあったケアサービスを受けるためには施設へ移るしかなかった。例をあげれば、施設では栄養管理された3度の食事が準備されコールを押せばスタッフがかけつけるが、在宅では1食のみだったし、緊急通報システムは数が足りなかった。
    また一方、施設ケアにも問題があった。共同のバス・トイレでプライバシーが保ちにくく、施設入居者は施設の時間とルールにしばられて自分の生活を自己で管理することが難しくすべてが受け身になりがちだという指摘があった。入居に際してそれまでのライフスタイルをかえることをかえることを余儀なくされ苦痛を感じる人もいた。インテグレート・ケアシステムは施設と在宅が抱えるこれらの問題を解決しようとした。

    インテグレート・ケアシステムのねらいは5点に集約できる。
    1施設ケアと在宅ケアそれぞれの欠点を補い同時に利点を生かす。
    2居住場所とケアを分離してどこに住もうと同じ質のケアが提供されるようにする。
    3短期入居したとしても同じケアスタッフが一貫してケアを行なえるようにする。
    4スタッフの動きの無駄をなくし効率的にマンパワーを配置する。
    5予算を無駄なく使いケアコストを削減する。

  • ソーシャルサービス法はじまる
    ・1997年7月新しい法律SocialService法が決った。1998年7月1日からこれまでデンマークの社会サービスを大きく規定してきたSocial Bistand法は効力を失い、Social Service法が代ることになる。Bistand法でコミューンはニーズのある人にケアを提供行なうことが規定されていたが、SocialService法では単にケアを代りに行なうだけではなく、身体的精神的社会的側面からその人の持つ残存能力を維持しなければならないと定められている。また、Social Service法ではコミューンは市民に対してどんな内容のケアをどれくらい行なうかに加えて、それがどれ位の時間のヘルパー派遣になるのかを市民には知らせることになっている。説明すると、ネストベッツのケアサービス契約書もヘルパー派遣時間については職員側に残るカーボンにのみ記されてきたし、スーソ(コミューン)でも同様であった。しかし、1998年7月1日から市民もそれをはっきりと知ることになる。

  • 民間のホームケアサービス参入
    ケアサービス提供者もこれまではコミューンが雇用しているヘルパーに限定されていたが変わった。コミューンが市民の必要とするニーズを満たす援助を提供できない場合に限ってであるが、市民はケア提供者を自分で選びその人にケアしてほしいと依頼することができる。コミューンは市民の選んだ人に給与を払う。要するにケア提供者の選択の幅が広がっていくのである。

  • 書面で契約する時代となる 
    1995年12月Social Bistand法と Social pension法が改正され、1997年1月からすべてのコミューンに高齢者委員会と不服審査委員会が設置されることになった。また、ケアサービスについて書面で市民と契約しなければならないことになった。
    1997年当時、各コミューンは市民に対して「サービスデコレーション」(品質保証書)を明示するようになった。また、ホームケアを必要とする人には書面で「契約」するようになった。サービスデコレーションとは市民へこれだけのサービスレベルを約束しますという市の告知書面である。

    <引用文献>
    渡辺裕美「デンマーク24時間ホームケア報告書」『笹川医学医療財団 平成9年度 海外研究員派遣報告書』 平成10年3月.